三条市

吉野屋遺跡三条市吉野屋字松原

吉野屋遺跡

吉野屋遺跡

ruin-sa01-de2

小川忠博氏撮影

吉野屋遺跡は、約5,000~3,500年前の縄文時代中期~後期の大集落で、谷に面した東山丘陵から続く台地に立地しています。
明治時代から遺跡の存在が知られていて、昭和44年に工場の建設に伴い発掘調査が行なわれました。工場造成中にも多量の遺物が出土し、考古学愛好家によって遺物が採集され、貴重な出土品が今日に伝えられています。また、平成22・23年には、県道の拡幅工事に伴い発掘調査が行われ、大形の柱穴などの遺構が多数発見されています。
出土品は、火焔型土器や王冠型土器をはじめとする多様な土器が出土しています。火焔型土器の出土とともに注目されているのが土偶と呼ばれる粘土でできた人形です。土偶は、妊娠した女性を表現したものが多く、完全な形で出土するものが少ない特徴があります。また、土偶の顔は、頭部が皿状であったり、目が大きかったりして、現代の私達が見るとユーモラスな顔に見えるかもしれませんが、目に見えないカミサマの顔を表現するのは難しく、また、縄文人に似てしまってはいけないと考えたからでしょう。
吉野屋遺跡では県内でも最多に近い100体以上の土偶が出土し、通常の遺跡で出土する量をはるかに超えていることから、「土偶送り」の儀式が行われたのではないかと考えられています。このような土偶送りの儀式が行われたと考えられる遺跡は、大規模な拠点集落が多く、周辺の集落から大勢の人々が集い、儀式が行なわれたことが想像されます。吉野屋遺跡は、信濃川中流域から下流域にかけての「火焔土器のクニ」のようすを物語る貴重な遺跡の一つです。
吉野屋遺跡出土品は、三条市歴史民俗産業資料館で展示公開しています。

吉野屋遺跡出土土偶(小川忠博氏撮影)05

小川忠博氏撮影

ruin-sa01-de4

小川忠博氏撮影

ruin-sa01-de5

小川忠博氏撮影

ruin-sa01-de6

小川忠博氏撮影